薬剤の有効成分を、目的の場所に適切なタイミングで適切な量を届けることによって薬効を高め、副作用を低減することを目指す技術として、ドラッグデリバリーシステム(DDS)があります。ナノテクノロジーの進展によって、物質を原子レベルで加工することが可能になり、ナノサイズのキャリアに薬剤を内包して、目的の場所まで適切に輸送する技術が進展しています。例えば、がん細胞だけに抗がん剤を運んで作用させることによって、副作用を低減した抗がん剤治療を実現するための研究開発が進められています。ナノテクノロジーを使ったDDS市場は、毎年9%のペースで拡大し、2032年には2,000億米ドルに達するという予測もあります。
DDS技術の一つにリポソーム製剤があります。人間の細胞は生体膜で仕切られており、外界からの異物の侵入を防ぎつつも、外界との間で物質の出し入れを行っています。生体膜の障壁は、主にリン脂質によって構成される脂質二重層(閉鎖小胞)が担っています。生体膜の有する脂質二重層の機能を模倣したのがリポソームです。リポソームは、生体適合性に優れ、アレルギーの発生リスクが低いとされています。現在、リポソームのサイズをナノ単位で調整し、作用時間やタイミングを制御する技術開発が進められています。
当社の顧客であるアメリカの製薬企業は、自社のDDS技術と承認済みの原薬(APIs)を組み合わせた医薬品開発を行っており、リポソームにおける豊富な技術ポートフォリオを保有しています。顧客は、キャリアとなるナノ粒子を最適に設計することにより、薬効の発現速度と効果持続期間を制御し、望ましくない曝露を減らしながら、標的組織にのみ API 濃度を向上させる技術を開発しています。2019年に、顧客は業界内における情報共有から、当社が保有する大型振とう技術の存在を知り、当社に問い合わせをしました。顧客は、開発した新製品の量産計画が承認されたため、現地のエンジニアリング企業と製造プロセスの初期検討を進めている段階でした。顧客は、リポソームの調製工程において、必要とされる単位バッチ当たりのバイアル数を高速回転で稼働できる振とう設備を、世界中のサプライヤーから探したが、技術的に対応できるメーカーが見つからないとのことでした。
当社の振とう技術は、国内外の研究機関、大学および民間企業に幅広い納入実績を誇り、特に大容量の高速回転振とう技術については、他社の追随を許さない堅牢性および安定性により、高い評価を受けています。顧客が当プロジェクトで求める技術的水準は非常に高く、一般的に使われている数倍の容量を、高速回転で安定して24時間/10日間のサイクルで連続稼働する計画でした。当社は、社内で技術的な検討を行った結果、要求事項を達成することが可能であるという判断に達し、プロジェクトは正式にスタートしました。
アメリカ合衆国に製品を輸出する際には、OSHA(Occupational Safety and Health Administration)やNRTL(National Recognized Testing Laboratories)、UL(Underwriters Laboratories)、ANSI(American National Standards Institute)、NFPA(National Fire Protection Association)等の認証制度がありますが、顧客とのスムーズなコミュニケーションにより、基本設計から安全リスクアセスメント、環境適合性検証、規制対応検証を経て、詳細設計、製作工程に進みました。その後、2020年に入り、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が拡大し、プロジェクトの進行管理は困難な状況に追い込まれました。一部の部材の納期が遅延するなどの問題が発生しましたが、無事に製品は完成し、試運転調整を終えました。しかし、パンデミック下における各国の渡航制限が始まったため、現地での受け入れ検査が実施できない状況となりました。顧客との協議の結果、オンラインを活用したリモートFAT(工場受入検査)、IQ、OQ、SAT(現地受入検査)を経て、無事に検収にいたりました。その後、顧客は計画通りに商業稼働に移行し、安定した生産を続けています。
当社の振とう装置・バイオシェーカー・インキュベーターシェーカーは、国公私立大学、研究機関、民間企業に多数の納入実績があります。特に大型の振とう機については、他社の追随を許さない堅牢性と安定性により、国内外で高い評価を受けています。長くは60年以上稼働し続けている振とう装置もあり、世界中で稼働する既設シェーカーについても、現在まで継続して保守を続けています。好気性微生物の培養を目的とした振とう培養機や、産業廃棄物の溶出、土壌試料の抽出など、多様な用途に応じた振とうプロセスを提供しています。
※掲載している写真は、実際のプロジェクトとは異なり、イメージとして使用している場合があります。