振とう機・振とう培養機 高圧蒸気滅菌装置
- ホーム
- 技術情報
- 振とう機・振とう培養機 高圧蒸気滅菌装置
- コラム#30「大きな微生物」
コラム#30「大きな微生物」
2023.05.08更新
微生物は肉眼で観察することができない、小さな生物です。
肉眼で観察が可能な大きさは、およそ0.1mm(=100μm)、身近なものなら髪の毛の太さが大体100μmです。
多くの細菌は体長が数μm、酵母で数10μmですから、肉眼観察は不可能です。
顕微鏡を使えば観察できますが、細菌を見るには倍率1000倍の顕微鏡でなくてはなりません。
しかも焦点距離が短くなってしまうので、対物レンズとスライドガラスの間に専用の油を充填する「油浸法」を使います。
この様に顕微鏡も観察方法も特別ですが、それでもなお細菌の姿を見るのは苦労します。
【グラム染色法】
そこで、昔から細菌を染色して観察しやすくする方法が工夫されてきました。
代表的なのは「グラム染色法」です。
この染色法は、デンマークの学者ハンス・グラムさんが1884年に考案したものです。
細菌はグラム染色法で染まる「グラム陽性細菌」と染まらない「グラム陰性細菌」に2分されます。
染まるか否かは細胞の外殻である細胞壁の性質によるもので、グラム陽性細菌は分厚い細胞壁を持っています。
このためグラム陽性細菌の細胞を壊したり、細胞内にDNA等の物質を注入するのは面倒です。
またグラム染色法で染まるか否かの性質は、遺伝子に基づく分類とよく整合性があります。グラムさんの功績は偉大です。
この様に、小さな微生物を観察するのにも多くの苦労があるわけですが、最近は肉眼で見える「大きな微生物」が多く報告されています。
「大きな微生物」、もはや日本語として間違っていますね。
大きな微生物
【大きな微生物①】
有名なのは1999年に報告された「チオマルガリータ ナミビエンス」です。
名前からも分かるようにナミビアの海の底泥から発見されました。
最大で直径0.75mm(750μm)にもなる球菌です。同等の大きさの生物としては、ネコゼミジンコが0.5-0.7mm位です。
0.7mmのシャープペンシルの替え芯を思い浮かべてください。結構な大きさであることが実感できます。
チオマルガリータ ナミビエンスは硫化水素を硝酸で酸化してイオウを作り、この反応で生じるエネルギーで生きている「化学独立栄養細菌」です(この代謝もかなり珍しい)。
このため、体内にイオウの粒をため込んでいて、これがキラキラと輝くのだそうです。
この性質より、イオウの真珠という名前が与えられました。
チオはギリシャ語のイオウを、マルガリータは真珠を各々語源としています。
ちなみに、マーガリンの語源もマルガリータとのこと。
またスペイン語では女性にマルガリータと名付けることも多いようです。
さらには、カクテルやピザにもマルガリータを冠するものがあります。(名前の由来は各自でお調べください。)
【大きな微生物②】
巨大細菌「チオマルガリータ属」ですが、2022年にさらに大きな仲間が発見されました。
こちらは、カリブ海の小アンティル諸島のマングローブ林で見つかりました。
「大きな」という意味を込めて、「チオマルガリータ マグニフィカ」と名付けられた細菌は最大で2cmの長さがあります。
あまりに大きいため、発見した研究者も最初は細菌と思わなかったそうです。
そしてこの細菌は大きさばかりではなく、他にも驚くべき特徴があります。
〇細胞の形
細菌の形は、細胞膜でできた胴径40~50μmの細長いパスタとか素麺のような形です。
細胞をスライスしてみると、中は空洞でスパゲッティよりもマカロニ風。
そして細胞膜の筒の内側に細胞の中身が薄くへばりついた構造です。
ここには、チオマルガリータ ナミビエンスと同様にイオウの粒があり、キラキラと輝いています。
そしてDNAと代謝機能を内包したカプセル(ぺピンと命名)も多く観察されました。
真核生物は遺伝子であるDNAを収納するカプセル「核」を持っています。
しかし、原核生物である細菌は、核を持たず、DNAは細胞の中に浮かんでいるに過ぎません。
他にも真核生物はミトコンドリアとか葉緑体のような複雑な膜構造を有する細胞内器官(オルガネラ)を持っていますが、原核生物には、この様なものはありません。
ぺピンは原核生物初の細胞内器官かも知れません。
また細胞内部には仕切りのような構造は無く、細長いパスタ(マカロニ?)は1つの細胞と考えられます。
しかし、あちこちに無数のぺピンが散在し、あたかも多核生物のようです。ぺピンの数は細胞の長さ1mm当たり約3万~4万個もあり、体長2cmの細胞ならば70万個を超えると計算できます。
細菌ですから、細胞分裂しながら増殖しますが、この細胞分裂の仕方も非常識です。
細胞分裂時には細胞の端っこにくびれができ、そこから引きちぎられるように細胞が分かれていきます。
分裂した方の細胞(生物学ではこれを娘細胞と呼びます。)には複数のぺピンが分与されます。
通常の細胞分裂であれば、まず遺伝子の複製によって同じ遺伝子が2セット用意され、親細胞と娘細胞に1セットずつの遺伝子が渡されます。
つまり、親細胞と娘細胞の有するDNA量は同じです。
しかし、チオマルガリータ マグニフィカの場合はスパゲッティの先端が切り離されるように細胞分裂するので、親細胞と娘細胞の有するDNA量は全く異なります。こんな変な細胞分裂は、生物界初と考えられます。
〇サイズ
さらに、全遺伝子のサイズもおよそ1200万塩基対と大きく、大腸菌(464万塩基対)の2.5倍強となります。
参考までに、人間の全遺伝子サイズはおよそ30憶塩基対、チオマルガリータ マグニフィカの250倍です。
「微生物は肉眼で観察することができない位に小さな生物」という常識は、どうも過去のことになったようです。
恐らく、今後も「大きな微生物」がもっと発見されることでしょう。
【巨大化の波】
さらに、微生物か否かの判断が分かれるウイルスでも巨大化の波が来ているようです。
これまでウイルスは細菌よりもずっと小さい(10分の1程度)とされていましたが、細菌並みの大きさのウイルスがあちこちで見つかっています。
人間は自然界のことを全く分かっていません。巨大細菌や巨大ウイルスの発見は、私達に人間の視野がいかに狭いかを教えてくれます。
この様に生物には、まだまだ面白いことがありそうです。(ウイルスは生物か?というツッコミもあるでしょうが。)
技術顧問 博士(農学)
茂野 俊也(Toshiya Shigeno)