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コラム#23 「腸内微生物は私たちの健康にどのくらい係わっているの?」

2020.09.14更新

腸内微生物は私たちの健康にどのくらい係わっているの?

これまでにも「私達は微生物にまみれて生きています。いやむしろ、微生物にまみれないと健康な生活はできないのです。」と紹介してきました。今回はこの話題を深読みしてみます。

腸内の微生物数

人間を構成する細胞数は諸説ありますが、38兆個位というのが最近の数字です。
あまりにも大きすぎて実感がありませんが、世界の総人口77億人の5400倍位です。
私たちのいる天の川銀河にある恒星の数は2000億~4000億個、全宇宙にある銀河の数は2兆個と試算されたりしています。
「星の数ほど」といいますが、38兆個という数は、星の数以上なのです。では私たちを取り巻く微生物数はどの程度でしょう。
皮膚表面には1平方cm当たり数万~数10万匹の微生物がいます。仮に10万匹とすれば、人の体表面積(1万5000~1万7000平方cm)から約16億匹と計算されます。
中国の人口に匹敵する値ですが、これも大した数ではありません。唾液なら、たった1mLに1000万~10億匹の微生物がいます。
さらに消化器官を下って、大腸に到着すれば、糞便1g当たり1000億匹以上という驚異的な数字になります。
人間の糞便量は1日当たり400~500g程度と言われますから、微生物数は40兆~50兆匹と見積もることができます。
しかも大腸の内容物が全て排泄されるわけではありません。まだ相当量が残っているはずです。つまり腸内微生物数は人間を構成する細胞数より多いのです。
細胞の数という観点からは、人間の半分以上は微生物ということもできそうです。

腸内微生物と健康

【腸内微生物のバランス】

「人間の半分以上は微生物」なのですから、腸内微生物が私たちの健康に係わっているのは当然です。
例えば理化学研究所の研究では、マウス実験で免疫系と腸内微生物バランスが双方向に影響し合っていることが分かっています。
免疫細胞の1種が腸内微生物のバランスを整え、一方でバランスの良い腸内微生物は腸管内の免疫細胞を増やす効果があります。
他にも連続的な抗生物質の投与などにより、腸内微生物のバランスが乱れると、難治性偽膜性腸炎という病気になることがあります。
そして、その治療法として健常人の便を患者の腸内に移植して腸内微生物のバランスを図るという研究が試みられています。
この様に「腸内微生物と健康」については多くの研究が世界中で行われているのですが、その多くでは“腸内微生物のバランス”が重要とされ、健康に良い微生物はこれという結論には至っていません。
腸内微生物の主要な種類は数100種類と考えられています。単純に「良い微生物と悪い微生物」がいるわけではなく、あくまでも数100種類の微生物が係わるバランスの整った状態が肝要なのでしょう。

【研究し辛い課題】

腸内微生物と健康の因果関係は大変研究し辛い課題です。
例えば、健康な人の腸内にA菌が沢山いても、単純にA菌が健康をもたらしているとは結論できないのです。
実は少数派のB菌が腸内で作る物質に健康向上作用があり、健康な腸内がA菌にとって増殖しやすい環境であったとも考えられるのです。
A菌はB菌のおかげで増殖しているに過ぎないのに、数の多いA菌が目立っているだけかもしれません。
このように因果関係が複雑に入り組んでいると解析は難しくなります。
腸内微生物の研究においては微生物の種類とその数に注目しがちですが、残念ながら数のみでは解らないことも多いのです。
しかし今のところ各微生物の作用にまで踏み込んで研究するには、研究手段も方法論も少ないようです。
どのような腸内微生物バランスが健康に良い状態なのかは、もっと多くの研究成果が集まらなくては、はっきりしないようです。

微生物についての研究例

それでも直接的に健康に影響する特定の微生物についての研究例もあります。
例えば体力を増進させる「アスリート強化微生物」です。ハーバード大学医学大学院の研究グループがボストンマラソンに参加したランナーの糞便から見つけた微生物です。
ランナー15名とそうでない10名にお願いしてマラソン大会の前後1週間の毎日、糞便を提供してもらい、これに含まれる微生物の遺伝子を調べました。
微生物の遺伝子を解析することで、どんな種類の微生物がどの位存在するのかを推定することができます。
ランナーではベイロネラ属細菌の割合がマラソン後に増えていました。
ベイロネラ属細菌はヒトの口腔内、呼吸器、腸管内等で普通に見られる嫌気性菌で、口臭の原因菌としても知られています。
しかし残念ながらベイロネラ属細菌の増加傾向は統計学的には有意な差とまでは言えませんでした。
それでもこの細菌に注目した研究者らは、ランナーの糞便から純粋培養したベイロネラ属細菌をマウスに経口投与しました。
トレッドミルという強制的ルームランナーのようなものでベイロネラ属細菌投与マウスを走らせると、運動時間が13%長くなり、持久力向上が確認されました。

さらにベイロネラ属細菌の遺伝子を詳しく調べると、乳酸をプロピオン酸にする代謝を行っているらしいことがわかりました。
世界中の研究者が日々膨大な種類の微生物の遺伝子を解析しているので、データベースには目的微生物がどんな代謝をするのかを推測するための遺伝子情報が沢山あります。
乳酸は激しい運動を行うと筋肉で生産され、疲労の原因となる有機酸です。通常は血流によって肝臓に送られて代謝されます。
それではとマウスの腸管内にプロピオン酸を点滴投与すると、やはりトレッドミルでの運動時間が伸びました。
これらのことから、ベイロネラ属細菌は、筋肉で生産された乳酸をプロピオン酸に変える働きをし、プロピオン酸は筋肉のエネルギー源として再利用されていると予想されたのです。
でも、乳酸をプロピオン酸にする代謝は微生物にとって珍しいものではありません。
どうしてベイロネラ属細菌のみがアスリート強化的な作用をもたらすのかは不明です。さらに残念なことに、人間でも有効なのかは検証されていません。 ベイロネラ属細菌のように健康全般のみならず、運動能力の向上にも腸内微生物が関与しているということは、驚きです。
でもこれも身体的な影響ですから、腸内微生物が関係していることも納得できそうです。では、感情や性格にも腸内微生物が影響を与えているとしたら?
次回は「腸内微生物と性格」についての研究例を紹介します。

技術顧問 博士(農学)

茂野 俊也(Toshiya Shigeno