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コラム#20「これも発酵食品?(番外編)」
2020.07.29更新
これも発酵食品?(番外編)
「発酵」を最大限に拡大解釈すると、「微生物の力を利用して食品や食品原料を作ること」となります。ここで言う“微生物の力”とは酵素がもたらす作用のこと。今回は微生物の酵素を使って生産されている食品原料を紹介します。
★食品原料★
原料① 砂糖
古今東西、人種問わず、甘いものは大人気です。しかし甘露の代表である“砂糖”は限られた作物からしか得られません。
代表的な砂糖作物であるサトウキビは熱帯の限られた地域でしか育ちません。そのため古くから砂糖は高級品でした。
しかし現在では1kgで100円程度。高級品とは言えません。
さらに糖尿病とか肥満とか、「砂糖は健康の敵」ぐらいの勢いで、
その地位が下がっています。この様な砂糖を取り巻く環境の変化には、微生物が一役買っているのです。
原料② ブドウ糖
ありふれた炭水化物であるデンプンを加水分解するとブドウ糖(グルコース)になります。この糖化反応は日本酒作りに関連して紹介しました。
(参照先:「コラム#7「伝統的微生物制御技術者」)
確かにブドウ糖も甘いのですが、砂糖(ショ糖、英名シュークロース)と比べて同じ重量当たりの甘味に劣り、砂糖の6-7割程度です。
また果物や蜂蜜に多い果糖(フルクトース)は砂糖の3-7割増しの甘さを持ちますが、砂糖よりも高級品です。
そこでブドウ糖を果糖に変換する酵素(異性化酵素、英名イソメラーゼ)の研究が開始されました。
ブドウ糖に異性化酵素を作用させると、一定割合のブドウ糖が果糖に変換されて、ブドウ糖と果糖の混合物になります。
これは「ブドウ糖-果糖液糖」とか「異性化糖」等と呼ばれ、砂糖の9割位の甘味があります。
★異性化糖★
生産コストの軽減
1960年代には日本で異性化酵素を作る放線菌(細菌の一種)が発見されます。
この放線菌の酵素は加熱しても酵素が失活(機能を失うこと)しにくく、扱いが容易でした(酵素の多くは熱に弱く、取り扱い時は低温にする必要があります)。
このため1970年代には工業生産への応用が始まりました。工業生産においては異性化酵素あるいは酵素を作る細菌そのものを“固定化”したものが使われています。
固定化とは水溶性である酵素や微小な菌体を樹脂等の大きな物質に“くっつけて”扱いやすくする技術です。
くっつける方法にも色々あり、単純に吸着させる方法や化学結合させる方法、あるいは繊維状物質で絡め取る方法等があります。
いずれにせよ、酵素や菌体が見かけ上大きくなるので、反応装置(リアクター)の中に充填して使うことができます。
コーヒーのドリッパーの様に、反応装置にブドウ糖溶液を流し込むと出口からは異性化糖のみが出てくるという、いかにも便利な装置「バイオリアクター」が完成します。
バイオリアクターの登場で異性化糖の生産コストは10分の1程度に下がったと言われます。
2017年の異性化糖の国内生産量は約88万t(固形物換算、砂糖の国内消費量の約半分)もありました。
他の利点
デンプンから容易に安価に作られる異性化糖の利点は他にもあります。「ブドウ糖-果糖液糖」の名の通り、液体です。
このためジュース等の液体に添加するのが容易です。読者の皆様の身近にも異性化糖を使った飲料があるはずです。コーラも例外ではありません。
米国は世界最大の砂糖消費国、1960年代まではキューバから砂糖を輸入していましたが、異性化糖の登場でその量が減ります。
折しも革命でソビエト連邦寄りになったキューバが、砂糖の輸出減による財政悪化の支援をソビエト連邦に依頼し、その見返りに核ミサイルをキューバに設置し、
キューバ危機につながったというのが微生物屋のもっぱらのウワサです。
ウワサの真偽はともかく、砂糖価格の下落と精糖産業への影響は間違いなく、小さな細菌の酵素が起こした大きな“反応”と言えるでしょう。
技術顧問 博士(農学)
茂野 俊也(Toshiya Shigeno)