株式会社プリス

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コラム#12 「微生物を分類する(その3:学名の新旧対決)」

2019.02.08更新

先回は、リボソームの遺伝子を根拠とした系統分類によって、全ての生物が「真正細菌」、「真核生物」および「古細菌」の3つに分かれることをお話しました。

今回は微生物を分類する、学名の話を始めましょう。


微生物の学名

生物の分類大系がコペルニクス的に大変革したため、微生物の学名に関する問題も生じています。
学名は各生物種に与えられる世界的に統一された名前です。

人間の学名は「ホモ サピエンス」。
ホモ属の1種で、種名がサピエンスということです。

微生物の学名は、分類学的研究成果が世界的に認められた科学雑誌に掲載されることで認められます。
該当する種に分類される微生物を複数調べて、その典型的(代表的)なものを標準株とします。
「株」というのは動植物の品種あるいは人間の個人に相当する、最も細かい分類学上の単位です。

「学名(表記はラテン語)はその微生物の特徴や発見された環境の様子等に由来することが多いですが、標準株を最初に発見した研究者の名前を冠することもあります。
でも多くは故人の名前で、現役の研究者名を付けることは希です。
昔は研究報告を行った研究者が自身の名前を付けることもありましたが、今では恥ずべき行為と思われています。
例外として、その微生物の研究に功績があった研究者の名が、他の研究者によって採用されることがあります。

微生物の分類

学名と病名の一致

病原性微生物の学名と病気の名前が一致することもしばしばです。
例えば、コレラの原因菌はビブリオ コレラという真正細菌です。

他にもキャンディダ属酵母が原因となる感染症にカンジダ病があります(ラテン語の発音に若干の差異がありますが)。
病名と原因菌名が同じことは、何かと便利で、理解しやすいです。

学名の不一致

しかし、遺伝子に基づく分類を行うことで微生物の学名が変ってしまうことが、結構あるのです。
また従来の分類においては、病原性の有無が重要な指標になっていたこともありました。

しかし、遺伝子に基づく分類では病原性の有無などは無視されがちです。
従って医学分野における従来名と分類学的な学名が異なるケースも出てきています。

さらに以前は分類が明確でない微生物をとりあえず入れておくような分類名、いわば“分類のゴミ箱”がありました。
例えば真正細菌のシュードモナス属(緑膿菌の仲間)。
新規微生物を分類する過程で、微妙なときには「とりあえず、シュードモナスにしておこう(仮登録か?)」的なこともありました。
シュードモナス属に入れておけば、後に分類学者が再分類してくれると期待していた研究者(多くは微生物の応用が目的で、分類にあまり興味がない人々)も多かったようです。

このため、遺伝子で分類する時代になると、シュードモナス属細菌の多くは、次々と別の属に分類されていきました。
この調子だとシュードモナス属そのものが無くなってしまうのでは?と心配(?)するほどです。
“正しく、新しい”分類は重要ですが、慣れ親しんだ名称が消えるのは寂しいものです(こんな感傷を抱くのは微生物学者だけでしょうけど)。

生物を分類して名前を与える困難さ

遺伝子に基づく分類は微生物のみならず、多くの生物の分類や進化の研究にも影響を与えています。

例えば、「ムカシトンボ」。
現存するものは体長10センチ程度のものですが、体型が化石で発見された巨大トンボに似ているのでこの名前があります。
太古のトンボのデザインを受け継ぐ古い系統と考えられてきたのですが、遺伝子を調べると比較的最近に他のトンボ種から分かれて進化したらしいとわかりました。
古細菌と同様に系統分類的には“ムカシ”ではなく、“サイキン”だったということです。

微生物に限らず、生物を分類して名前を与えるのは、なかなか難しいようです。


技術顧問 博士(農学)

茂野 俊也(Toshiya Shigeno