株式会社プリス

振とう機・振とう培養機 高圧蒸気滅菌装置

コラム#7「伝統的微生物制御技術者」

2018.05.28更新

日本酒造り

先回は、カビによる糖化を利用した酒の代表として日本酒に注目しました。
日本酒では蒸した米に麹カビ(アスペルギヌス オリゼー)を接種して麹を作り、米デンプンを糖化します。
オリゼー等のカビは酸素を多く要求するので、固体である蒸し米の表面で活発に生育します。
一般的に生物は体が大きくなると体重当たりの酸素消費量が小さくなります。
逆に言えば、体の微小なカビは人間とは桁違いに多くの酸素を消費するのです。
このためオリゼーが酸欠にならないように良く混ぜられます。
麹の塊の内部や積まれた麹の下部は酸欠になり易い場所です。
ともかく全部の麹がいつも均等に空気に触れるようにすることが重要です。昔は人手で混ぜていました。
オリゼーが活動しやすいように、雑菌汚染が無いように、蒸し暑い密室(ムロ)で行う作業は過酷だったようです(作業員の酸欠も心配)。
現在では、この工程にも機械が導入されています。

アルコール発酵

一方、アルコール発酵は酸素の無い状態で進行する反応です。
糖化の始まった麹に水と酵母を加えて、樽の中に仕込み、静置(撹拌せずにおくこと)することでアルコールが作られます。
酸素の少ない条件ではオリゼー自身の活動は最小限になりますが、オリゼーの作り出した糖化酵素は相変わらず仕事を続けます。
そして糖化酵素によって作られた糖は酵母によって速やかにアルコールになります。

日本酒のアルコール濃度が高い理由

理由①

日本酒のアルコール濃度が高い理由の1つがここにあります。
多くの酵素は反応によって出来た物質(ここでは糖)によって負(酵素反応にブレーキを掛ける)の制御を受けます。
これはフィードバック阻害と呼ばれ、酵素反応が進み過ぎないようにする自然の仕組みです。
なので、麹のみでは糖化反応がいつしか遅くなり、止まってしまいます。
酵母が共に働くことで糖は消費され、その濃度が低く維持されることで糖化反応は減速せずにいるのです。
発酵液中の糖濃度は低くとも、供給される糖の量は充分。アルコール生産プロセスとしては、理想的な条件です。

理由②

そして日本酒のアルコール濃度が高い理由のもう1つは「寒仕込み」です。
アルコールは細菌や酵母にとって毒です(まあ、条件によっては人間にとっても毒)。
なにしろアルコール消毒が有効なのですから。酵母はアルコール濃度が12%位になると生育ができなくなります。
従って醸造酒のアルコール濃度も12%位が限界値になります(ワインもだいたいこの値)。
しかしアルコールの毒性は低温になれば緩和されます。
日本酒は寒くなる頃に発酵を開始し、冬の間にゆっくりと生産されるので、12%を超えるアルコール濃度(20%位まで)を得ることができるのです。
一般的に寒い地域で日本酒作りが盛んなのはこのためです。日本酒作りの南限は九州北部辺りと言われます。
暖かい地域では「寒仕込み」ができません(現代なら近代的設備の導入で可能ですが)。
低アルコール濃度の酒を作り、蒸留によってアルコール濃度を高める生産方法の方が合理的です。またアルコール濃度を高めることで腐敗(酸敗)を防ぐこともできます。

乳酸菌の活躍??

しかし寒い季節とはいえ、長期間の発酵を行うことは、雑菌汚染のリスクが高まります。
微生物とか殺菌とかの概念すら無かった時代に、どうしていたのでしょう。
ここで活躍するのが「乳酸菌」です。糖から乳酸を作る細菌の総称で、麹とは相性が良いのか共存していることが多いです。
細菌なので酵母より生育速度が速く、酸素が無い状態で乳酸を作ります。
従って、麹と水と酵母を樽の中に仕込んだ直後から素早く生育し、乳酸を作って仕込み液を酸性(pH3位)にします。
その後は自身の作った乳酸で生育が邪魔され、死滅していきます(情けないヤツ)。多くの細菌は酸性条件では生育できませんが、酵母は耐酸性が強く、pH3位でも平気です。
従って乳酸菌が退場した後は酵母の独り舞台。まるで純粋培養されているかのようにアルコールを作り続けます。

酒造技術

カビと酵母と乳酸菌を使って、酸素の有無と培養液のpH変化を利用することで、滅菌や無菌操作を行うことなく(現代では使っていますが)アルコールを作る。
酒造技術者「杜氏」の知識と技術は見事なものです。しかも江戸時代には、すでに日本全国で酒造技術が統一化・標準化されていたとのこと。素晴らしいの一言に尽きます。
このように日本酒製造では酸素供給による微生物制御がキーテクノロジーの1つです。次回は微生物と酸素の関係をもっと詳しくご紹介しましょう。


技術顧問 博士(農学)

茂野 俊也(Toshiya Shigeno