株式会社プリス

振とう機・振とう培養機 高圧蒸気滅菌装置

コラム#5 微生物が作る美味なるモノ

2018.01.22更新

新年あけましておめでとうございます。 本年も宜しくお願い致します。
前回は微生物が作る風景として「ビールに枝豆」を紹介しました。そんな理由で今回は「ビールとパン」です(どんな理屈?)。

「株」の重要性

ビール酵母とパン酵母。実はどちらも分類上は同じ種です。ついでに清酒酵母やワイン酵母もみんな同じ種「サッカロマイセス属のセレビジエ種」です。 人類(ヒト)は全てホモ属のサピエンス種ですが、同種の中にも人種による差異があります。さらに個人レベルでは勉強のできる人、運動の得意な人等、個性という違いもあります。
微生物も同様で種の下のレベル「株」(英語ではストレイン。人種や品種と同様な概念です。)によって、その能力は大きく異なります。このため微生物を使って物質生産や環境浄化等を行う際には、微生物の属や種よりもどんな株か、が重要となります。また微生物においては分類学的な研究の結果、属や種が変わる(再分類される)ことも多々あります。そんな場合でも、その微生物の株名だけは変わりません。

ビールとパン

ご馳走だった「緑の小麦」

さて「ビールとパン」に話を戻しますが、両者はほぼ同時に古代エジプトで発明(発見?)されたようです。ナイルの賜物である古代エジプトには、「緑の小麦」なるご馳走がありました。「緑の小麦」とは発芽直後の小麦、つまり麦芽です。小麦はその実の中に蓄えたデンプンをエネルギーとして発芽・生長します。その際にデンプンは小麦自身が持つ分解酵素(アミラーゼ)によってブドウ糖となり、エネルギー生産のための代謝を受けます。つまり緑の小麦は甘いのです。古代において、甘味は貴重品です。緑の小麦もありがたがれ、ピラミッド建設の労働者への報酬にもなったとか。

ビールの始まり

「緑の小麦」は小麦を水に漬けて発芽させます。このため作る過程でちょっとタイミングを逃せば、温暖な気候のエジプトではすぐに微生物の餌食になったことでしょう。水に浸かった状態では好気的な微生物が少し生育しただけで、すぐに水中の酸素は消費し尽くされて嫌気状態となります。微生物の酸素消費速度は動物よりも1-2桁速いのです。嫌気状態でブドウ糖があるならば最初に活躍するのは乳酸菌です。乳酸菌は生育が速くブドウ糖を乳酸に変えるので、pHが下がります。多くの微生物は低pH(酸性)条件では生育ができません。しかし酵母は耐酸性があり嫌気条件でも生育できるので、残っているブドウ糖をエタノールと二酸化炭素に分解します(これがアルコール発酵)。「エタノールと二酸化炭素」すなわち「アルコールと泡」、つまりはビールということです。時間の立ちすぎた「緑の小麦」がビールの始まりです。何事も最初は失敗からということでしょう。(ナタデココも同じような感じの起源です。これはまた次の機会に。)

パンの始まり

また一方、アルコール発酵が始まった緑の小麦を食べるために、加熱して粥にしたり乾燥させて粉にしたりする工夫が生まれました。こうしないと本当に腐ってしまって、食べられません。やがてこのような工夫が発展してパンとなったと考えられます。パンはいかにふっくら柔らかく作るかを目標にその製法が発達してきました。ふっくらさせるために内部にスポンジ構造を作りますが、これは酵母がアルコール発酵で排出する二酸化炭素の気泡によるものです。そして焼きたてパンの香り。パンの香りの生成にはエタノールが欠かせません。大雑把に言えば、失敗した「緑の小麦」をそのまま利用したのがビール、加熱したものがパンとなります。

糖化反応

ところで、“サッカロマイセス”にはラテン語で「糖をたべるもの」という意味があります。その名の通りサッカロマイセス属酵母は糖分を分解しますが、デンプン(糖の重合した高分子)は分解できません。アルコール発酵を行うためには、デンプンを分解して糖にする(糖化反応)必要があります。ビールの場合、糖化反応は小麦の発芽によるものです。これに対してブドウ果実のように最初から糖分に富んだ甘いものを原料とするワイン等の場合には、糖化反応は不要です。果実を容器に貯蔵しておくと、自然発生的にアルコール発酵が起こります。これは酒の起源の1つと考えられています。
このように酒作りは糖化反応に注目すると、いくつかのタイプに分類できます。


次回はこの糖化反応を掘り下げて紹介しましょう。日本酒における糖化反応は誰が?とか。

技術顧問 博士(農学)

茂野 俊也(Toshiya Shigeno